肉食と草食SS

「もしも、あの二人がもっと早く出会っていれば」

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緑の溢れる大草原。
そこにうずくまっている一つの人影があった。
そして……

もぐもぐ…

ルティ(あぁ、やっぱ生草のほうは格別だな!)

それは草を貪り食っている変な狼一匹だった。

ルティ(いつも兄さんがこっそり草を刈ってきてはいるものの他の狼たちに気づかれないよう隠し持ってくるからいつもしおれたやつばっかりだからな)

そうだ。「ルティ」というこの狼は他の狼と全く異なる得意体質を持っているのだった。こいつは「草食」だったのだ。

ルティ(今日は皆で狩りに行くってことだし、ここには来ることないはずだからバレることもないだろうね…)

そして、ルティはそれを村の皆に気づかれないように振る舞ってきていた。そしてそれは村長である兄の「ツィリコ」の助力もあって今までずっとバレずに来られた。
村長の弟という立場とも相まって狩りに行かないこともできた彼はこうやってたまに他の狼たちが狩りに行った逆方向にあるこの大草原に来るのだった。

それはいつものことで、多分誰にもバレることがない……はずだった。
彼がたまたま通りかかっている小うさぎに見つかるまでには

小うさぎ「……っ!お……おおかみ……!」

ルティ「ぶはっ……!な……なんだ?誰かいたのかよ?!」

その声を聞いた小うさぎは即座に逃げ出そうとする。だが、小うさぎほどうろたえるルティの手は咄嗟に小うさぎの項を掴んでしまっていた。
もともと白かった小うさぎがなおさら青白くなっていく。でもなんとか気を失わず精一杯暴れていた。そんな可哀想な小うさぎの大きな耳に突拍子な声が聞こえる。

ルティ「お…お前、見てないんだよな?俺が草食ってるとこ……!」

小うさぎ「……………は?」

小うさぎももうすぐ食べられちゃうということも忘れ、そんな突拍子な声に負けないくらい間抜けな声を出していたのだった。

……
…………
………………


ヨハン(………なぜ?)

羊の男の子であるヨハンは今すごく不機嫌だった。その理由は昨日くるはずだった「あいつ」が来なかったからだ。

ヨハン(僕が丁寧にお膳立てまでして待っていたのに……つまらないじゃないか)

「あいつ」……こと小うさぎを待っていたヨハンは昨日、その小うさぎを自称「狼の牙」で突き刺し、その肉を味わおうと企んでいた。でも毎日のように来ていたあいつがなぜか昨日には来なかったことでそのプランは霧散した。それがヨハンが今不機嫌になっている理由だ。

ヨハン(毎日来てるのってニカのお願いだったんだろ…こいつもどいつも僕が気を取り直したと思いきや遠ざかるのかよ!そんな軽い気分で僕に接してたわけかよ?)

そんな思惑に囚われていたヨハンの耳に「こん、こん」というノックの音が聞こえた。まだ見てはいないがヨハンはそれが誰なのか大体想像がついた。間違いなく叔父さんのデクィカとその娘のニカであろう。

ニカ「ヨハン!今日の気分はどう?具合悪くなければまたお料理作ってきたの!一緒に食べよっ!」

ヨハン(あぁ……鬱陶しいな……そうじゃなくてもムカついてるってのに……いっそあいつを先に殺っちゃったほうが……)

デクィカ「おい!ヨハン!お前がやっと気を取り直したって聞いたぞ?それで今日はニカと二人で来てみたんだ。元気になったお前の顔が早くも見たかったからさ」

訂正。無駄に力だけ強い叔父さんといるなら勝ち目がないと思ったヨハンは

ヨハン「ごめん、ニカ。久しぶりに外に出たらちょっと疲れちゃったみたい……今日はほっといてもらえるかな?」

そう言って心配して訪ねてくれた二人を帰らせるのだった。
心配にして訪ねてくれた二人を帰らせるのだった。
……
………
……………

小うさぎ「それで坊っちゃんは草食っておっしゃっているのですか?」

なんか変なやつだった。すごく丁寧した口調なのに初めてあったばかりのルティをいきなり「坊っちゃん」と言ってくる。何らかの主義なのかな?とルティは思った。そしてルティに「坊っちゃん」呼ばわりは慣れたものでもあったから。

ここは大草原とあんまり離れていない小さな池の縁だった。そこに狼一匹と小うさぎ一羽という奇抜な組がいた。

ルティ「………あぁ…そういうことだ。情けねーことこの上ないけど…お前にとってはすごい幸運だったな」

小うさぎ「そうですね…それにしてもこんな変な狼は始めてみましたよ。変な羊なら一匹見たことありますけど」

ルティ「変な羊?それはどういう意味だ?まさか肉でもくってんのかその羊は。まぁ、ありえないことだろうけど」

小うさぎ「え…と、さすがにそこまでじゃないんですけど、その坊っちゃんはなんと草を食べたがらないんですよ。まるで坊っちゃんが肉を食べたがらないみたいに」

ルティ「へぇーそれは興味深いね…!どんなやつかあってみたくなったぜ」

小うさぎ「やめたほうがいいと思いますよ?あの坊っちゃんは母が狼にやられたそうだからね」

それを聞いたルティは突然ギクッとした。昔、彼が草食になったきっかけをくれたやつの声が思い出させられたからだろうか。彼は少しじっとしてから決心したかのように拳を握って再び小うさぎに向きあい、要求した。

ルティ「お前、その『坊っちゃん』を俺に紹介しろ!じゃないとあんたを俺の村に連れってってあげるからな!」

小うさぎ「ひぃぃぃぃぃっ!わ……わかりましたーー!!」

ルティ(じょーだんだったけど……)


……
………
……………


翌日、小うさぎがまた訪ねてきた。

ヨハン「昨日は来てなかったね。」

小うさぎ「いやぁ…坊っちゃん。それがね!わたし、不思議なことがあってさ……」

小うさぎがなんか喧しく喋っていたけど今のヨハンの耳には一言もちゃんと届かなかった。彼はただどうやってこの哀れな小うさぎを家に連れて行くかを工夫していた。そう、その言葉が聞こえるまでに。

小うさぎ「だってさーあいつ『おおかみ』なのに草食だって〜〜」

ヨハン「あんた……いま…………なんて言った?」

小うさぎ「え……坊っちゃん。どうしたんですか?その手に握ってるのは一体……」

ヨハン「おおかみって言ったよな?狼にあってきたと?は……はははは」

小うさぎ「えっと、坊っちゃん。なんか誤解してるみたいけど……」

ヨハン「黙れぇぇぇぇ!!!」

そう言ってヨハンが小うさぎに突進してきた。片手に「狼の牙」を構えたまま。

小うさぎ「ひぃぃぃぃぃっ!ぼっちゃん!し……しっかりしてぇぇぇ!!」

小うさぎは必死に逃げだしてヨハンは半分狂ったみたいに追いかけていった。

……
………
……………

大草原の中ぽつんと置かれた岩の上にルティが座っていた。ここで待ってると小うさぎがあの「変な羊」を連れてくるということになっていた。

どれくらい待っていたか。近くが騒がしくなるのを感じ取ったルティが騒ぎの方向を向く。

そこでルティは見てしまった。必死に逃げ出してきた小うさぎを追いかけてきては狼の牙に似た石ころで殺し噛みちぎる狂気に満ちた一匹の「羊」を。

ルティ「あ………ああぁぁああぁあああぁ?!な……なんだあれは……?!」

そして目があった。

ヨハン「お……おお……か……みっ……!お母さんの仇!」

ヨハンは今錯乱状態に陥っていた。元なら相手にするはずのない狼への突進もそれに因んだことだった。

そして困惑しているルティにそれを防ぐ方法は…………なかった。

ルティ「うっ……うぎゃあぁあぁあぁあああ!!」

腹を刺されたルティが吠えた。それを聞いてヨハンが我に返った。

ヨハン(あ……れ……僕、今何をしていたんだろう………)

そして咄嗟に伝わる口の中の味…小うさぎの肉の味……そして自分の手にある「狼の牙」で突き刺している狼のことにも気がつく。

ヨハン(くっ……なんだこの気持ちは……なんだこの恐怖の味は………!臭い……不味いよ………!僕は一体………!)

そうやって戸惑っているヨハンを……

ルティ「くっ……よっしゃーー!」

いきなりルティが抱き上げる。そしてどこかへ向かって行き始める。ルティの急な行動にうろたえるヨハンは再び攻撃を加える。今度は腕。

ルティ「くあぁぁあああっ……くっ……!」

すごく痛そうな声だったけどなんだかできるだけ抑えているような声。そして足は止めることもない。ただ刺された時のちょっとしたぶらつきにヨハンは

ヨハン「あっ……!」

「狼の牙」を落としてしまう。そしてルティはそのまま近くにいる小さな洞窟に入った。

そこにヨハンを投げるようにおろして、自分もすぐ近くに座ろうとした。と、その時洞窟の入り口あたりの岩が不安げに揺れるところをヨハンは見た。やがて岩が崩れ落ちすごい音とともに外への出口がなくなってしまった。
洞窟に閉じ込められたことで動揺するルティと違ってようやく落ち着きを取り戻したヨハンが恐怖を抱いて聞いた。

ヨハン「おおかみっ……!なんで僕をこんなところに連れてきたの!」

ルティ「くうぅぅぅっ……だって、あそこにじっとしてたらきっと俺の仲間たちが来るんだぜ?間違いなくお前をとっ捕まえて噛みちぎるんだぞ?それでもいいのかよ!」

ヨハンは咄嗟に返す言葉を失った。そうだ。ルティの吠えを聞いたら村の狼たちが集まるのは当然。それを考えるとヨハンの額を冷や汗が流れた。

ヨハン「だ…だとしたら、なんで僕を助ここに連れてきたの!お前たちなら一人でも僕なんかすぐに制圧できたはず。なんでこんな……」

ルティ「俺は…お前に会いたかったんだよ『変な羊』さん」

いかにも辛そうに表情を歪めながらもそう言い放つルティだった。その言動に呆れたかのようにヨハンは床にあぐらをかいてから言った。

ヨハン「あんた、馬鹿じゃないの?狼でしょ?僕なんかお前の餌に過ぎないんだよ?そして何よ。その『変な羊』って」

ルティ「ほら、やっぱり変じゃねーかよ!うさぎを狩り、狼に歯向かう羊なんて聞いたことねーぞ?」

ヨハン「それを言うならあんただって………ってうさぎ……『あいつ』……」

ふと思い出したかのように呟いてから急にへどを吐き出した。その口からとろとろと醜い血まみれの肉の塊が出てくる。

ルティ「お…お前、大丈夫かよ?ってかさ、なんで草食のくせに肉食しようってんのかよ?お前こそ馬鹿じゃないの?」

ヨハン「くっ……そういうあんたはなんなのよ。それを言うならあんたの口元についたクローバーでも取ってから言えよ」

はっ、という表情で腕で隠そうとするルティ。だが、ヨハンにやられた傷跡を刺激する結果となり、また苦痛の表情を晒してしまう。全くだらしない狼だな…とヨハンは思った。

ヨハン「まぁ、大体は想像がつく。うろ覚えだけど『あいつ』が言っていた気がするよ。草を食う狼だって?笑えるな」

途端に赤くなるルティ。とても恥ずかしそうだ。やはり狼に相応しくないとヨハンは思った。でもなんだか面白く思えたのでヨハンは軽く笑うことにした。それを見てルティがうがーっという表情を見せるけど構わない。

ヨハン(『草食』の狼と『肉食』の羊か……。確かに滑稽だ。でもなんでだろう。こんな馬鹿みたいなやつがむしろ村の羊たちより近く感じられるのは。こいつは僕からお母さんを奪った連中の一人って言うのにな…)

そこでルティが赤い顔を上げて無駄に大きな声で言う。照れ隠しなのはもう誰にでもわかるくらいだ。

ルティ「と…とにかく自己紹介でもしたらどうよ?俺の名前はルティだ。お前の名前は?」

ヨハン「…………ヨハン。」

ルティ「よし!ヨハン、もう俺の仲間たちは去って行っただろう。俺達も早々にここから出ようじゃないか?」

ヨハン「そうだね。ここにいつまでも居続けるわけでもないし。そしてあんたって結構重傷っぽいからな」

と、何気に自分のやった攻撃のことを口にするヨハン。それを聞いてルティは改めて自分の傷跡を確認する。傷口はまだ開いていて血が流れていた。

ルティ「何を…これくらい……へい……きぃ」

と、言いかけて倒れてしまう。急な出来事にヨハンは思わずルティを抱きとめる。そしてルティを床にそっとおいた。

ヨハン「お……おい。大丈夫かよ?しっかりしてよ!」

ルティ「げっ…心配してくれるのかよ。やれやれ…狼って言いながら羊に心配されるとは……全く情けないな……」

ヨハン「ふ…ふざけてるんじゃないよ!あんたがなけりゃ僕だけでどうやってこの洞窟を出ていけると思う?!早く起きてあの岩をどきなさいよ……!」

なんか言い訳くさい発言ではあった。が、それは明確な事実でもあった。ヨハンの力だけじゃ、あの岩はどけない。ルティにだってどけられるかどうかわからない。
でもそれをおいてもヨハンはルティにいなくなってほしくなかった。不思議なことだった。今まではずっと一人で閉じこもっていたはずのに…今となんとも変わらない状況だったはずだ。でもなぜかヨハンはルティのそばにいたいと思ってしまうのだった。ましてルティは母の仇である狼だというのに。もちろん「草食」をするという「変な狼」だけど。

ルティ「心配すんなよ。俺だって狼だぞ?このくらいじゃ死なねーよ。それに俺を探してくれる仲間たちも…いる。兄さんはきっと俺を探し出してくれるはずだぜ。」

ヨハン「馬鹿言うなよ!仲間だって?あんな者たちが弱っているあんたなんか探し出してくれるとでも言うの?!見捨てるに決まって……」

ルティ「そんなわけないっ!!!!」

急に怪我者のものとは思えないくらい大きく叫ぶルティの迫力に思わずヨハンは後退した。

ルティ「俺の仲間たちを侮辱するのか?いくらお前だってそれだけは許せないぞ?!」

それを聞いたヨハンはなんだかむっとしてくるのを感じた。それで相手が狼ということも忘れ、羊のものとはとても思えない大声で叫んだ。

ヨハン「そんなわけがないよ!だったらさ……だったらさ……!なんで僕のお母さんはそんなに……っ……!!」

途中から嗚咽を抑えきれず、むせるように、吐き出すように叫ぶ。

ヨハン「そんなに見捨てられてあんたたちにやられちまったのかよっっっっ!!!」

今度はルティがヨハンの迫力に押されて黙り込んでしまう。

ルティ(そう……だったのか。それであいつはこうなってしまったのか……。俺と似てるようで全然違う。あいつの味わった衝撃に比べれば俺の衝撃なんてちっぽけに思えてきたよ。)

未だに泣きじゃくっているヨハンの頭が温かい手に撫でられる。ルティだった。

ヨハンは驚きながらもその手をどかそうとしない。そして思った。

ヨハン(最後にこんなに泣いたのっていつだったんだろう……。確かお母さんがやられたその夜……僕は今のように泣いた。そして……この手の感覚も覚えがある……。大きさや触感は全く異なるけど…暖かさは同じ……。それは………ニカの……手。)

お母さんを亡くし、ただ泣きじゃくっていた、ヨハンを抱きしめ、まるでお母さんのようになでながら、ともに泣いてくれた。それはデクィカの娘であり、僕の一つ上の従姉でもあったニカだった。

ヨハン(あ……なんで今まで気が付かなかったんだろう。僕は……僕のお母さんのお願いは……まだ……見捨てられていなかったことに……。小うさぎ、デクィカ、村の皆……そしてニカ。今までずっと僕の心配をしてくれた……。お母さんを見捨てるしかできなかった弱い皆だったけど…お母さんの最後の願いを……皆は……見捨てていなかった……!でもまだ……分からないよ。僕は一体今どんな気持ちなんだろう……。)

ヨハンはもう周りの何も見えないし、聞こえない。彼に聞こえるのはお母さんと交わした約束。守ってあげるという約束。たとえ今はもう叶えることのない約束だが、それでもヨハンにとって一番幸せだった記憶であり、大切な思い出でもあった。村の皆への恨みに煙られ見えなくなっていたその約束を憶えながらヨハンは意識を失うかのように目を閉じた。

……
………
………………

ルティ「お……おい!なんで死んじゃ……あ。」

慌てて身を起こし目を閉じたヨハンに寄り添ったルティはヨハンにまだ息があることに気づき、ほっとしたかのように地べたに座った。
まだ具合が良いとは言えないルティだったが、彼の言った通り狼だけあって気力の回復が早い。もう傷口もふさがっていた。もしここに何日も閉じこもることになっても心配はない。地べたに生えている草がある限りルティは飢え死にする危険がないのだ。

ルティ(でもこいつは……。)

小うさぎに聞いたことによるとこいつは草を食べたがらない。なら今の状況はヨハンにとっては悪いかもしれない。そしてもしルティの仲間たちが助けに来るとしてもこのままじゃヨハンは助からないだろう。

ルティ(こいつをなんとかしないと……)

……
………
………………


温かい空気に包まれて美味しい匂いがする家の中。その家の厨房の一角に一人の女性が立っていた。

ヨハン(あ、お母さん!)

リリス(もう、ヨハンったらやっと帰ってきたの?)

ヨハンの母、リリスはヨハンを抱きしめた。

ヨハン(お母さん!僕早くつよーい大人になってお母さんを守ってあげる!)

リリス(あらら…ヨハンったら優しいわね。でもね、ヨハン…)

急にヨハンの目の前でリリスは八つ裂きされた。血の飛沫が飛び、肉の塊が散る。ヨハンは涙を流してお母さんを助けようと手を伸ばす。けど、その手はただ宙に舞うだけでなにもつかめない。

リリス(お母さんはとっくに狼に八つ裂きされ骨ごと食われてしまったのよ?約束を守れなかったね、ヨハン。)

ヨハン(ち…違う。それはデクィカが……!)

リリス(あらら、ヨハン。今度は弟のせいにするの?自分の情けなさを認めたくないだけね、ヨハン。)

ヨハン(ち……ちが……)

ニカ(あー。こんな情けないのがあたしの弟だなんてさーいてーだよ)

デクィカ(仕方ないだろう、ニカ?どうせ弱いだけの一匹羊だよ。あ、そうだな。『草もまともに食えない半人前の変な羊』も羊だと言えるのならだけどね。)

小うさぎ(ですよね、お嬢ちゃん。こんな情けなくて半人前の羊なんかに私が食われたとは…私も惨めですね。)

ニカ、デクィカ、小うさぎが次々と現れ、ヨハンを責めている。

ヨハン(やめて……!もうやめて!!もう………やめろ……!!)

次の瞬間、ヨハンの手に「狼の牙」が現れ、ヨハンはそれらを次々と狩っていく。また、おびただしい量の血が飛んだ。もう正気でないヨハンはその肉の塊を、ニカの、デクィカの、小うさぎの……そしてお母さんの肉を……食べた。

ヨハン(美味い!なんで今までこんな美味しいものに気づかなかったんだ!もっと……もっと食べたい……!)

目に狂気が宿るヨハン。次の獲物を探すヨハンの目に一匹の狼、ルティが見えた。

ヨハン(あんたも……食ってやる………!)

そのまま走り出すヨハン。そのヨハンの頭にルティはそっと手を置く。それだけでなぜかヨハンは身動きが取れなくなってしまった。

ヨハン(くっ……!なんで………!)

そのヨハンの耳にルティの声が聞こえる。

ルティ(自分を責めるのはもうやめろ。お前の仲間たちを信じるんだ。きっと君を救い出してくれるはずだぜ?)

ヨハン(何を……言っとるんだ……!)

ルティ(わかってるだろう。あんたはさ……。弱い自分が悔しかっただけなんだよ。もう目を覚ませよ。そしてあんたを待っている仲間たちのもとに帰れ。あんたに肉食なんて……不似合いだよ。)

ヨハン(………実は……わかっている。これは僕の夢で、ルティの姿を借りて僕がずっと隠していた本音を言わせているだけだということは……。でもだったらどうしろっていうんだよ…!弱い僕に……何ができるって言うの?!ねぇ、教えてよ……!)

そう訴えるヨハンをおいてルティの幻は消えていった。それと同時にヨハンの家がぎゅうぎゅうと収縮し始めた。

ヨハン(な……なんだよ?なんで僕に迫ってくるの?!いや……いやぁぁぁぁ!!!)

……
………
……………

ルティ「ぐがーーーぐぅうぅーー」

ヨハン「………」

目を覚ましたヨハンが真っ先に見たのはルティの大きなお腹だった。そうだ。ルティがヨハンを抱いたまま寝ていたのだった。多分これがあのオチのせいだろう。ヨハンは……

ヨハン「ルティ君?起きて。起きてよ。苦しいよ。」

ルティ「すぴーーー」

ヨハン「おりゃー!」

ルティをふっ飛ばした。

ルティ「ぐおほっ!!」

ヨハン「おはようルティ君。」

ルティ「え、何。朝?ってルティ君ってなんだよ……」

ヨハン「いや、朝じゃないし、なんとなくそう言わなきゃいけなさそうな気がしただけ。」

ルティ「あっそ。じゃあ、二度寝を……」

ヨハン「寝るなっつーの!」

ルティ「ぐおほっ!!何よ、兄さんかお前は!」

ヨハン「ルティ君は僕がルティ君って呼んであげてるのにまだお前呼ばわりなの?寂しいな…。」

ルティ「げっ……お前、なんかさっきより図々しくなってないか?まぁ……いいぜ、ヨハン。」

ルティが気まずそうにそう呼んだ。ヨハンはまた話を進める。

ヨハン「それでさ。ルティ君はなんで僕を抱いて寝ていたの?」

ルティ「え……えっとね……俺の仲間たちが来た時、おま……いやヨハンを守ろうと考えていたんだよ。だって、他の奴らに見つかったらあいつらはきっとヨハンを殺そうとするぞ…」

ヨハン「え……それで僕を抱きまくらに使ったということ?」

ルティ「いや…別に寝るつもりじゃなかったけど…その羊毛がふかふかしてて暖かくてつい……」

ヨハン「あはん〜ルティ君ってそういう趣向だったの?でもごめんね、僕、それは受け入れ難いよ!残念♪」

ルティ「おい。ヨハン、なんかキャラ変わってない?」

ヨハン「何が〜?僕はいつも通りだよ〜。」

と、その二人がだらしない漫才を交わしてると

どこからかがたがたと岩の崩れる音がした。それを聞いてルティは

ヨハン「わっ!」

ヨハンをさっきのように抱くと大きな声で叫んだ。

ルティ「ここだ!俺はここにいる!」

???「ルティ坊ちゃん……?」

ルティ「お前らか……!やはり俺の仲間!助けに来てくれたんだ……!」

ヨハン(仲間……本当に来てくれたね……でも僕の仲間はきっと……)

???「ヨハン……!どこだ!!ここにいるか……!!」

ヨハン「……っ!!」

ルティ「い……今のは誰だ?どこからか!」

ヨハン「洞窟の奥の方だよ。この奥の方にも出口があったみたいだね。そしてこれはデクィカの声。間違いない、僕の叔父さんの声だよ。」

ルティ「なんだよ〜やはり助けに来てくれたじゃないか!……ってちょっとまって!ここに来たら……!」

ヨハン「皆が……危ない……!」

ルティ「ちくしょー!ちょっと待って!お前らちょっとだけ待ってくれ!まだ岩をどけちゃダメだぞ!」

???「え……なんで?っていうか今どこから羊の声が聞こえたような……」

ルティ「気のせいだろ!こんな暗い洞窟にあんな鈍くさい羊たちが来るはずが……って痛っ!おいこら、ヨハン!踏むんじゃねー!」

???「ツィリコ様…どうしましょうか?」

ツィリコ「……岩をどけるのはあとだ。今はルティを待っていよう。」

ルティ「兄さん、ありがとう!」

狼たちを待たせたルティとヨハンはまずため息をついた。

ヨハン「ありがとう、ルティ君。」

ルティ「待て。まだ全部解決したわけじゃないだろう。全くやはり羊って耳が小さいから脳みそも小さいのかよ…って痛っ!だから踏むんじゃねーって!」

ヨハン「だってルティ君が意地悪だから……」

そうだった。まだ問題が全部解決したわけじゃない。洞窟の奥から入ってくる羊たちを帰さなければどうしても狼たちに見つかってしまう。そうなってからじゃもう遅い。狭い洞窟の中で逃げ場もないはずだ。皆狼にやられてしまうに違いなかった。

ルティ「とにかくヨハン、お前はお前を探しに来た連中の方へ逃げろ。俺が行ったって怖がらせるだけだろうし早く行ってよ。」

ヨハン「ダメ!行くのはルティと一緒だよ?」

ルティ「何馬鹿言ってんのかよ!やっぱ脳みそちっせ……って危ない危ない。また踏まれるとこだった……って痛っ!」

踏もうとしてるヨハンをなんとか避けたと思いきや今度は岩つららにぶつかってしまったルティ。それを見てヨハンが微かに笑う。

ヨハン「冗談って!でもねルティ…。きっと後でまた会おうよ。僕君のこと気に入っちゃった!」

ルティ「おいっ!なんだよそれは!むず痒いぜ、男同士で。」

ヨハン「だって…ルティ君が女装してるのが悪いんだよ?」

ルティ「急に変なこと言うなーー!!これこう見えても立派な男の服だからさ!三つ編みもかっこいいんだよ!おしゃれ知らないの?おしゃれ!」

ヨハン「馬鹿みたい(笑)」

ルティ「……!お前、それ俺への挑戦と認めていいんだな?捕まえて女服に着替えさせてやるぜ?!」

ヨハン「きゃーこわいこわいーぼくはにげなきゃー(棒読み)」

そしてそのまま洞窟の奥へ向かうヨハン。羊たちの声もだいぶ近づいてきた。これ以上もたもたしてると本当に見つかってしまうだろう。

ヨハン「じゃあさ、あとに会った時おしゃれ対決でもしようよ、ルティ君。楽しみにしてるからね…!」

ルティ「おう!その時俺のかっこよさにびびんなよー!」

そしてヨハンは洞窟の奥に姿を消すのだった。

……
………
……………

ツィリコ「なんか機嫌がいいようだな、ルティ」

ルティ「あぁ?そう見えるか?別にふつーだけど?」

ツィリコ「いや、前のお前だったらおしゃれなんかに興味を示したはずがない。やはりそういうことだったか……。」

ルティ「ん?どういうこと?」

ツィリコ「お前彼女できたんだろう。」

ルティ「ぐおっ……!な…何言いやがるんだ、この馬鹿兄さんが!」

ツィリコ「多分この前の洞窟でのことだったろう。二人で愛の逃避を企んで自由を求め洞窟探検をしに行った……でもそこで二人は閉じこもる羽目になる。そして二人の愛はさらに深まっていく。結局二人は見つかり、二人はまた離れ離れになってしまうんだ。だからそこで男は助けに来た奴らを待たせ女をこっそり抜け出す。でもいつかまた会おうって言った約束があるからその日を楽しみにして毎日自分を磨く……!違うか、弟よ……!」

ルティ「……って、どっかの小説かよっ!ちげーーーーーーーよっ!!!!!!!!」

ツィリコ「強い否定は肯定とも言うんだっけ……まだうぶだなお前も…ふふっ」

ルティ「だ!か!ら!ちげーーーーーーってば……!!!!!」

……
………
………………

ニカ「え?おしゃれを教えて欲しいって?」

ヨハン「うん。誰にも負けないくらいかっこよくしてよ!」

デクィカ「がはははっ!なんだお前!見ない間に彼女でも作ってきたのかよ!まさかあの洞窟で二人で密談でもしてたとか?がはははっ!」

ヨハン(ちが……うだけじゃないかもな…)

ニカ「お父さんも!そんなわけないじゃない!ヨハンったら女っぽいし彼女じゃなく彼氏ができたんだよ!」

ヨハン「うわっ……!」

思わず吹き出すヨハンだった。

ニカ「え………まさか、本当に………?!」

ヨハン「そそそそ……そんなわけないだろ!僕だって男だよ?そんなことあるわけがないじゃない!」

デクィカ「ヨハンよ……。俺はお前がどんな趣向だって受け入れてあげるからな……せいぜい頑張ってみ。んじゃー久しぶりに二人で遊んでろ。俺は外に行ってくるぜ。」

ヨハン「なんでそういう結論が出るんだよ!あと、逃げるな…!」

ニカ「あははっ!ヨハンのそのテンパり顔見るの、久しぶり〜♪」

ヨハン(………!)

ニカ「ヨハンってさ、最近怖かったんだよ……。でもまたこうして昔のヨハンに戻ってくれて……ぐすっ……本当に……本当に……良かった。」

ヨハン「え……えっと、ニカ姉さん!なんで泣くの……!泣かないでよ……!」

ニカ「だ……だって、私、叔母さんと約束してたんだよ。ヨハンは私が守るって……でも……最近、私じゃヨハンを助けてあげられないような気がして…辛かったのよ……!」

ヨハン(え……………嘘………。そんな………。お母さんが………ニカ姉さんと………約束を……?それでニカ姉さんは今まで冷たくされながらも……僕にずっと優しく………お母さんの……約束を……………守るために…………!!!)

気がついたらヨハンの目からは涙がこぼれていた。お母さんとの約束をずっと忘れず、僕を守るために頑張ってきた従姉を見て、お母さんとの約束を忘れかけていた自分がものすごく情けなく思えたからだ。

ヨハン(そう……だったんだ。僕は……ずっと……お母さんと、ニカ、デクィカ叔父さん、村の皆に……守られていたんだ……あいつの言った通りだよ……僕はなんて馬鹿だったんだ……!それをなんで今まで気づかなかったんだよ……!)

ルティ(そりゃーお前の耳ほど小さい脳みそのせいだろう。かっかっかっ!)

ヨハン「………っ!」

ニカ「え……どうしたの……?」

ヨハン「く……くっくっくっく……くははっはっはっはっははははは……!」

ニカ「え……えええ?な……なんで笑うんだよ〜〜。泣いていた私が馬鹿みたいじゃない、もーーー!!」

ヨハン「いや、ニカ姉さん、ごめん。なんか急に『あるバカ』の声が聞こえた気がしてさ。」

ニカ「え、それって誰?まさか私?そんなー私本当にそんなに馬鹿みたいだった?ん?ねーなんか言ってよ!」

ヨハン「いや、『彼氏』のことだよ、姉さん。」

ニカ「え………ええええええええええええっ?!?!本当だったの彼氏のこと?」

ヨハン「じょーだんだよねーちゃん!」

と言ってヨハンは昔のように無邪気に笑うのだった。


「終わり」



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このSSは秦博士さんから頂きました。

2014/12/16


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